硬筆入門U

綺麗で読み易い字

毛筆で美しい文字を芸術的に表現するのは難しいにしても、せめて人前に出して恥ずかしくない程度に綺麗な文字を書きたいと考えて書道を始められる方は多いことと思います。

書道が上達するためには長い間の鍛錬と良いセンスを身に着けるための不断の努力が必要で、一朝一夕に達成できるものではありませんが、綺麗で読み易い字を硬筆で書くのであれば、日頃の一寸した心掛けでそこそこのレベルに達することが出来ます。

毛筆に比べて硬筆の文字は、表情を取り除いて形だけに簡略化した、丁度映画の絵コンテのようなものですが、書道の著名な先生方でも、作品に取り掛かる前に硬筆で下書きをして構想をまとめられる方は大勢いらっしゃいます。書道練習の一方策として硬筆の勉強をするのも決して無駄にはならないでしょう。

 上手な字と綺麗で読み易い字とは違います。勿論上手な上に綺麗で読み易い字もありますが、上手だけれども読みにくい字も沢山あります。書道の展覧会に行っても、良い作品だなと感動しつつも、活字で釈文が書かれていないと、読めなくて往生する作品は沢山あります。

本来書は、文言や文章の含意と連動させて観賞するものですから、文字が読めないと作家の意図を十分に汲み取ることが出来ません。(中には読むことを前提としていない作品もありますが、これを書と呼ぶかどうかは見解の分かれるところです。)

 一般に速記した文字は乱雑で、後で自分でも読めなくて困ることもあります。和堂先生も書きなぐった文字は我ながら下手くそだと思うことがあるといっておられました。

備忘録などでは他人に読まれるのを防ぐためわざと読みにくく書く人もいるやに聞いています。レオナルド・ダ・ビンチや不思議の国のアリスの作家ルイス・キャロルなどは鏡像の文字を書いたといわれていますが、そのような意図があったのかもしれません。

 かつて私が勤めていた会社で、上司に自他共に認める癖字の大家が居ました。「これこれをやっておくように」といった指令のメモ書きが机の上に載っているのですが、往々にして解読不能の部分がありました。しかしそこは良くしたもので、秘書役を務める庶務の女性がこの癖字を読み解く才能を持っていて、持っていくと読んでくれました。

 このような癖字を売り物にしている確信犯は別にして、普通は他人に読んでもらう文字は読みやすく書く努力をします。ゆっくり時間を掛けて、一生懸命丁寧に書いても、尚且つ下手で読みにくいと悩んでいる方に、綺麗で読み易い文字を書くコツをアドバイスします。

 綺麗で読み易い字の典型は活字の文字です。(書道の作品を「活字のようだ」と評されたら、決して褒め言葉ではありませんが。)

活字は狭い正方形の中に文字をはめ込んで誤読がないように造形されるので、
@               文字の大きさが揃っている。
A               文字の左右は対称。
B              
縦画は垂直、横画は水平。
C            複数の平行線は等間隔。
D              点画を均等に配分する。
E               文字の間隔が揃っている。
F               行は垂直、列は水平。
などを特徴としています。

一方世に悪筆といわれる、下手で読みにくい字には独特の癖があります。例えば
@  起筆や終筆が素直でない。
A  文字に異様に大小をつける。
B  画をごまかして正確に書かない。
C  点画の相対位置がずれている。
D  異様に右肩上がりに書く。
等です。

文字の大きさを揃えたり、線を水平、垂直に引いたり、複数の平行線を等間隔に並べたり、文字を対称に書いたりするのには多少の熟練と根気を要しますが、上手な文字を書くための努力に比べれば微々たるものです。

昔謄写版印刷というのがありました。トーマス・エジソンが発明したのだそうですが、蝋をひいた紙を鑢の上に載せて鉄筆で文字を書いて蝋を削り取り、白紙に重ねて上からインクを付けたローラーでこすると、蝋がはがれた所だけインクがにじみ出て簡単に文字が印刷できるというものです。鉄筆でガリガリ引っ掻くところからガリ版印刷とも呼ばれていて、パソコンもプリンターもコピー機も無かった時代、小部数を印刷するのに便利なので、タイプライターが普及していた欧米よりも手書きの文字が盛んな我が国で発達・普及しました。(図5)

この謄写版印刷の文字を書くプロの筆耕師がいて、その人が書く文字がまさにこのような粒の揃った読み易い文字でした。

製図工が図面に書き入れる文字も似たようなもので、昔学校の製図の時間に、枠の中にきちんと収まった文字や数字のお手本を見ながら練習させられたものです。コンピューターグラフィックスが発達して、図面もコンピューターで描くようになった昨今では、こんな授業は無くなってしまったのでしょうが。

これらは日本版カリグラフィーといっても良いのかもしれません。

董其昌 詩巻

「同過訪試虎丘茶」 董其昌49歳の時の作で、秘蔵の墨を磨り、新しい筆を下ろして一気に書き上げたといわれています。淀みなく流れる連綿線と結果としての構成美は見事なものです。

謄写版のセット

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