入木抄
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「手本は一つ一つ習うべきであるという事。 手本一巻を初めから終わりまで通して習ってはいけません。漢詩一、二首を繰り返し数日稽古し、手本の様子が十分心に浮かんで、手本を見なくても間違いなく書けるようになった後で、次第に奥のほうも習いなさい。初めのうちによく稽古しておけば、後にはそれほどに努力しなくても手本に似てくるものです。」

「字の大きさの事。 初心のうちは、手本よりも意外に大きく書いてしまうものです。ただひたすら手本の文字の大きさに習いなさい。また手本より大きくて筆が細くなってしまうものですが、これが良くありません。字が大きくなるなら、筆の太さも手本より太くてこそ釣合いがとれます。詰まる所、字の大きさも筆の太さも手本と違ってはいけません。手本より多少大きく見えるのは差し支えありません。手本より小さくかいてはいけません。」

「筆遣いは大切であるということ。 紙の上に文字を書くことは、上手な人も下手な人も同じことですが、筆遣いによって良し悪しが分かれるのです。その筆遣いの方法は古筆をよくよくご覧になって会得してください。・・・手本を習うにあたって上手に習う人は字形と筆遣いとが一致して相違がありません。習い方の下手な人は文字の形を似せようとするので、形は似ていても筆勢を写し取ることが出来ないので、心が籠らない字になります。これはつまらない字です。例えていえば、文字の形は人の顔かたち、筆勢は人の心の動きや行いにあたります。」

「楷書、行書、草書の事。 先ず行書を御習いなさい。行書は中庸だからです。点を略さずに書体を行書に書いたものは楷書風行書です。点を略し草書の字の構成を交えて行書の筆遣いで書いたものは、草書風行書です。従って行書は楷書草書の双方に通用し稽古するのに適切です。ある程度行書を習った後、草書や楷書を習ったほうがよろしい。」

「お稽古の状況を見える形にしておくこと。 五日か十日位に一度、お手半の文字を良く練習して空で書いて、その日付を書き付けておきなさい。後でご覧になれば良いところ悪いところがはっきりわかります。更にうまく書けなかった所も良く見定めれば、段々と思うように書けるようになります。」

「稽古をしている間起伏がある事。 習い始めの時、習字をして急に筆が渋滞して字形も手本に似ず不思議に思うことが必ず起こります。こんな時は面倒になって書道が退屈に思えるものです。そのような気持ちに目もくれずに従来と同じように稽古をなされば、四五日か十日もすればまたよくなります。今度は以前に良く書けたと思われたものよりも更に優れたものになります。このようなことが数回は起こります。習い初めの内は断絶しないことです。そのうちに一段一段目に見えて上達いたします。」

「手本が多いのは大切であるという事。 多くの手本に目を通すのは大切なことです。お稽古は手本を決めて習い、その上で数種類の手本を参考にされれば勉強になるでしょう。」