上手な字

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1)上手な字とは

上手な字とはどんな字をいうのでしょうか。美しくて力強く、のびのびしていて見ていて気持ちの良い字、

見る人に感動を与える字と定義出来るでしょうか。

一般に絵画、彫刻、詩歌、小説、演劇等の芸術作品は、作者が自然や人間社会から得た感動を他人に伝える

ための伝達手段であります。従って先ず自然(人間社会も自然の一部です)の観察、描写からスタートし、

自分が得た感動をより正確に人々に伝えるために、これを取捨選択し、あるいはディフォルメします。

そこに作者の創意工夫が入ります。

書道がこれらの芸術作品と異なる点は、手本となるべき自然を持たない抽象芸術である事です。

回帰すべき自然を持たないのは何となく落ち着きが悪く感じるからでしょうか、

王羲之は鵞鳥の首の動きから書法を悟ったとか、張旭は剣舞を見て開眼したとか、

懐素は入道雲の千変万化する様を見て書法を編み出したとかいった話が巷間に流布されていますが、

我々凡人が鵞鳥や入道雲をいくら眺めてスケッチしたところで、書が上達するものでもありません。

それでは書道の場合、観察してスケッチする対象になるものは何かといえば、それは古人が残した筆跡です。

自然という原点を持たないので、書の美には絶対的な評価基準は無く、多くの人が美しいと感じ、

感銘を覚えたものが即ち上手な書ということになります。

古くから伝わる書蹟は長い年月を通して評価が定着したものですから、安心して基準とすることが出来ます。

書道が習字とか手習いとか呼ばれて、専らお手本に似せて書くように繰り返し練習するプロセスを指すのは、

そのような理由からです。これが書道の全てではありませんが、このプロセスを省くとそれは書道ではなく、

単なる墨遊びになってしまいます。

古筆の習熟と筆法の鍛錬を経ないで、センスだけで文字を書いてそれなりの評価を得ている人も居りますが、

それは余程の天才か、新興宗教のような周りのひとの思い込みによるものか、或いはその人自身に希少価値があって

巧拙にかかわり無く文字が珍重されるかのどれかです。






2) 字が上手になるには

上手な字を書くのは、綺麗で読みやすい字を書くのに比べ遥かに大変なことです。

(1)    上手な字を見て覚える。

(2)    上手な字を真似て書く。

(3)    見なくても似せて書けるように習いこむ。

(4)    やがて自分の個性が出てくるようになる。

(5)    上手な字を見ると、更に上のレベルがあることに気がつく。

と言う事の繰り返しなのでしょうか。兎に角時間をかけ努力を重ねて、一歩ずつ積み上げていくしか方法はありません

「上手な字を見て脳裏に焼きつけ、忘れるな」・・・『和堂語録』より

「上手な字を真似て書け。自分の字はその次」・・・『和堂語録』より

「書は生涯をかけてもやり尽くせないもの」 ・・・『和堂語録』より

上手な字を真似て書くのに幾通りかの方法があります。

(1)    模書: 手本を敷き写して習う方法です。形や用筆法を習得するのに便利な

        方法です。

(2)    臨書: 手本を傍らにおいて、出来るだけ似せて書き、覚えて習う方法で、最も一般的な習字法です。

(3)    暗書(背臨): 臨書して覚えたと思ったら、手本を伏せて書いてみる方法です。

(4) 意臨 : お手本の形を真似るのではなく、お手本を自分なりに解釈して、筆意、筆法を似せて書く方法です。創作にかなり

近くなります。

(4)    倣書: 良く習いこんだ字を応用して、習って無い字を書いてみることです。

        欧陽詢の九成宮醴泉銘の書体に倣って好きな漢詩を書いてみるといった具合です。

(5)    自運: 練習の成果を生かして、手本なしに自分なりの字を書くことです。

(双鉤填墨:文字の上に薄紙を載せ、文字の輪郭を正確に写しとって(双鉤)、中を墨でうめる(填墨)ものです。

      写真が無かった頃、書を正確に模写するために発達した技法で、書道ではありません。)

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